花火大会(8月第2土曜)
   昭和23年戦災からの立ち直りを祝って「大
     熊谷復興花火大会」として開催されたのが
     始 まりである。
      毎年8月第2土曜日に荒川河畔にて開催
      される。


 
     熊 谷 寺 
  一の谷の戦いで有名な関東武士の熊谷次郎
    直実の遺徳を偲んで天正年間に幡随意上人
    が 建立した。

           政務活動費

         飛行機
     
     
                     熊 谷 の 紹 介




 う ち わ 祭(7月20.21.22)
 本来この祭は市内鎌倉町にある
八坂神社の祭礼で江戸天保時代に
料亭「泉州」の主人がそれまで祭の日に
赤飯を振舞っていた変わりに渋うちわを
だしたのが評判となりどこの商店もうちわ
をだすようになりこの名前がついた。




     酉の市(12月)

市内高城神社境内で熊手や縁起物
が売られる。


 


  
   

     聖天山

     きそう門の写真            仁王様の写真

 妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)は日本三大聖天の一つとして知られ、特に縁結びの霊験
あらたかで、夫婦の縁をはじめとし、家内安全・商売繁盛・厄除け開運・交通安全・学業進学などの
あらゆる良縁を結んでいただけます。
 妻沼聖天山の由来は「平家物語」にも登場し、その勇猛ぶりが伝えられている 齋藤別当実盛公 
が治承3年(1179年)、当家の守り本尊の大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)をまつって聖天宮と称し、
長井庄の総鎮守としたのに始まります。
 宝暦年間に造られた現在の本殿は、華麗な彫刻が壁面を飾り、埼玉の小日光とも呼ばれ、御本尊の
御正躰錫杖頭(みしょうたいしゃくじょうがしら)、全国でも珍しい重層の特徴ある三破風(はふ)を組み合わ
せた構造の貴惣門とともに、国指定重要文化財に指定されています。平成15年10月から5ヵ年計画の
本殿の大規模改修工事が始まり、完成しますと約250年前の江戸時代の建立当時の華麗な姿が蘇ります。
 縁結びの宮として「聖天さま」として親しまれ、春秋2回の例大祭のほか、初詣や節分会にも大勢の参拝客
が訪れ、露店や植木市も並び賑わいを呈しています。

    

        荻野吟子生誕之地史跡公園

  史跡公園の写真       吟子生家の長屋門の写真(群馬県千代田町)

 利根川の堤防下に建つ「荻野吟子生誕之地記念公園」には、記念碑や銅像、四阿もあり吟子の面影を
垣間見ることができます。
 日本最初の女医で、渡辺淳一の小説「花埋み」のヒロインともなった荻野吟子は、嘉永4年(1851年)
俵瀬村(現在の妻沼町)に生まれました。小さい頃から勉学に意欲的で、両宜塾等で学問の基礎を学びました
18歳で名主に嫁ぎましたが、婦人病のために離婚。診察の屈辱をバネに女医志望を決意した吟子は、周囲の
反対を押し切って上京。刻苦勉励し明治18年政府公許の女医第1号となり、東京本郷に「産婦人科荻野医院」
を開業しました。
 後に、キリスト教に入信し女性解放の先覚者として活躍、再婚して北海道に渡り瀬棚町で開業するなど、
不屈の根性と愛を貫きました。
  

えびす祭

オ・ドーレなおざねの写真 民謡流しの写真

11月上旬
 毎年11月に商売繁盛を祈って行われるお祭です。えびす大黒の木像を先頭にした稚児
行列や民謡流しなどが行われます。平成14年からは、「直実節」をアレンジした「ロック直実」による
ダンスイベント「オ・ドーレ直実」が行われています。
  

聖天山春季大祭

   大祭の始まりの写真 豪快な火渡りの写真

 4月18日・19日の2日間、妻沼聖天山春季例大祭が行われ、聖天山境内は大勢の人出でにぎわいます。
 例大祭では、奉納剣道大会、詩舞「実盛慕情」、奉納相撲大会、民謡流し、なわとび大会、妻沼太鼓等の
数多くの催しが行われるほか、露店や植木市などでにぎわいを見せます。稚児行列では、多くのお稚児さんが
あでやかな装いで、人々の注目を集めます。
 秋季例大祭は10月18日・19日の2日間、行われます。
  

めぬま祭

  威勢の良い太鼓の写真 民謡流しの写真

 8月上旬
 妻沼の風物詩「めぬま祭り」が毎年8月第1土曜日に行われています。みこし、金魚すくい、仮装行列...。
そして練り込み囃子の笛、鉦、太鼓と威勢よいかけ声。妻沼ならではのリズムに、夏の一夜が酔いしれます。
 『第1部』
 子供ショーやジャンケン大会。ふれあいバザールやフリーマーケットは、お父さんお母さんに人気。八木節や
民謡は、おじいちゃんおばあちゃんにも楽しんでいただけるでしょう。
『第2部』
  祭りの人気となった仮装行列で、皆様を笑いの世界へ。そして、何といってもクライマックスは、練り込み囃子
と練り込み踊り。気が付くと、あなたも体を動かしているでしょう。

          Kumagaya City
 
          「さくらのまち」、「ラグビータウン」
・・・

平成17年10月1日には大里町、妻沼町と合併しました。 

平成19年2月13日 江南町と合併しました。

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熊谷市の概要

位置・面積

 熊谷市は、東京都心から50〜70キロメートル圏に位置し、ほぼ平坦で荒川や利根川の水に恵まれた肥沃な
大地と豊かな自然環境を有し、その区域は南北に約20キロメートル、東西に約14キロメートルで、面積は
159.88平方キロメートルです。

人口

 人口は、平成19年5月1日現在、207,460人となり、埼玉県で9番目、県北では初の20万都市となりました。
また、本市は首都圏でも珍しく昼夜間人口比率が1を超えており、人が集まる自立都市を形成
しています。

交通

 JR熊谷駅から東京駅まで上越・長野新幹線で約40分、上野駅や新宿駅まで60分台で行くことができます。
また、熊谷駅からは秩父方面や羽生方面への秩父鉄道も乗り入れています。国道は東西に17号・17号
バイパス、南北に407号が走り、この他140号、125号も市中心部から分岐しています。中山道の宿場から
発展した熊谷は、現在も交通の要衝になっています。この他、成田空港・羽田空港・大阪方面などへの直行
バスをJR熊谷駅・籠原駅から利用することができます。

産業

 本市の産業は、農業産出額では県内第2位、年間商品販売額・製造品出荷額では県内第4位で、埼玉県内
有数の産業都市です。
 肥沃な土壌と広域交通網の要衝としての産業立地優位性を活かし、農業、商業、工業の各分野において活力
ある産業振興を目指します。

  

                市章

                        sisyou

熊谷の名を円形に図案化したもので、上部右が「ク」を、同左が「マ」を、全体で「谷」を表わしています。
大正8年(1919年)に、熊谷町の紋章として、一般に懸賞募集し、同11年7月から使用されたものです。
昭和8年(1933年)4月1日の市制施行後、市の紋章として引き継がれ、平成17年(2005年)10月1日の
合併による新熊谷市においても引き継がれました。

                  熊谷市シンボルマーク

                            シンボルマーク(イラスト)



 人  口      195,100 (R2.7.1)
世 帯 数            
         81,233
        
市の花                       さくら
市の鳥            ひばり
市の木                       けやき
市長           小林 哲也
副市長         長谷川 泉・大島英司
議長         須永 宣延
副議長         石川 広己
議員定数            30人
姉妹都市 ニュージーランド国インバーカーギル市